|
しょう太失踪 長い間、屈斜路原野ユースゲストハウスの人気者として活躍した名犬しょう太が、去る十二月三十一日にオサッペ川上流部のあたりで姿を消したまま、帰らぬ犬となりました。関係者一同は、あまりの突然の出来事に動揺の色を隠しきれず、事件から三ヶ月経過した今も、その安否を気遣っています。 おなじみの顔ぶれが集まった1997年大晦日、神隠しにでもあったかのようにしょう太は忽然と姿を消しました。年末年始は例年になく雪が少なくクロスカントリースキーのツアーが実施できない状況でありました。その代わりに「幻の滝ツアー冬編」と題して凍りついたオサッペ川上流の滝を見学に連日案内しておりました。滝ツアーと言えば欠かせないのがしょう太です。彼にとっては庭のような場所、毎日ツアーについていってはオサッペ川上流域の山を縦横無尽に駆け回り、そこに生息する獣を見つけては追いかけ回しておりました。普通の犬ではあまり考えられない行動かもしれませんが、しょう太にとってはこれが普通であり、私たちも当たり前のように毎日その姿を見ておりました。しばしば、しょう太は遊ぶのに夢中になりツアーの車が帰路についても帰って来ないことがありましたが、放っておいても夕方頃には、遅くても翌日の朝には自力でYGHまで帰ってくるので、心配する事もありませんでした。しかし、この日は違っていました。しょう太は夕方になっても、翌日になっても帰ってきません。きっとどこかで夢中で遊んでいるのだろうと誰もが思いながら1日、2日と時間が過ぎていきました。スタッフの間でいろんな憶測が飛び交いました。狩猟の解禁シーズンだったのでハンターの誤射か、心ないハンターの的になり凶弾に倒れたか。ホステラーさんに愛想を振りまくようにハンターに近寄りそのまま連れて行かれたか。追いかけた鹿の返り討ちにあい傷つき倒れたか。足を滑らせて崖から転落したか。様々なことが考えられましたがあくまでも憶測に過ぎません、さすがに心配になり3日目にてっちゃんとおばあちゃんが探しに行きましたが何の手がかりもつかめませんでした。北海道新聞に「尋ね犬」の広告も出してみましたが2、3の誤報があっただけで手がかりになる情報は得られませんでした。心残りなのは、なぜすぐに探しに行ってあげなかったんだろうと言うことです。もしかしたら見つかったかもしれないのに、こいつだけは心配ないと思っていても心のどこかで万が一ということがあることを考えてあげられなかったんだろう、いつものことだからと放っておいたことが今になって悔やまれてなりません。 思えばYGHがオープンする年の3月、札幌の知人から子犬を引き取ってくれないかという話があり譲ってもらった子犬がしょう太でした。コロコロと毛糸玉が転がるようにじゃれるかわいい姿が今も思い出されます。そんな犬が数年後には屈斜路原野の山野を駆けめぐり、時には鹿を仕留めてしまうほどたくましい犬に育つとは夢にも思っておりませんでした。YGHがオープンしてしょう太はたちまち人気者になりました。いつも鎖につながず放しっぱなしでしたがどこにも行かず、誰かが来ると吠えもせずしっぽを振って愛想を振りまき、誰かが散歩に行こうとすると必ずついて歩く、そんなしょう太の姿を鮮明に記憶されているホステラーさんも少なくないはずです。そんなしょう太に転機が訪れたのはやはり山田さん(注一)との出会いだったでしょう。山田さんが来てからしょう太の行動範囲はいっきにふえ、日に日にたくましくなっていきました。山田さんと散歩に行って何をしているのかわかりませんが、顔つきが妙にりりしくなっていったような気がしています。そしていつしか彼は単なる飼い犬ではなく、立派なYGHのスタッフの一員に成長していきました。 いなくなってからいろんな彼の姿を思い出してしまいます。玄関で寝そべるしょう太、散歩に連れて行けと催促するしょう太、ちょこんと車のシートに座るしょう太、ひよりにちょっかいを出されてうとましそうにするしょう太、ツアーの先頭に立って歩くしょう太、山田さんの付き人のように後をついてまわるしょう太、山の中で耳を立て胸を張り遠くを見やるしょう太、湖を泳ぐしょう太、雪の中を泳ぐように歩くしょう太、カヌーを追いかけて川岸の葦の中で情けない声を出すしょう太、おばあちゃんにしっぽを振って餌をねだるしょう太、鹿を仕留めて返り血を浴びた真っ赤な顔で得意そうに舌を出すしょう太、そしてそして、何よりも何よりも印象深いのは屈斜路原野を弾丸のように疾走する姿です。しょう太ほどかっこいい走り方をする犬はいないだろうと私は勝手に思っております。 かすかな望みを持ちつつも私は、もうしょう太は帰ってこないとけじめをつける意味を込めてこれを書いております。私が山田さんと最後にあったときに山田さんは「しょう太はいつか自分で自分の首を絞めるようなことをするかもしれません、だんだん山の中ですることが派手になってきてるんですよ」と、その頃のしょう太の様子を語っておられたことが思い出されます。大好きだったオサッペ川上流域の山を駆け回っているうちにしょう太は大好きだった山田さんのもとへ、空のむこうへ駆けて行ったのでしょう。過ぎてしまえば短い間でしたが、たった一匹の犬が多くの人々に、笑いと感動を与えてくれました。ありがとうと感謝の意を込めて「おまえは最高の犬だったよ」と声をかけてやりたい気持ちでいっぱいです。 ホーホー、なにやらしょう太はんがいなくなって屈斜路原野の連中は元気がなさそうじゃ、この新聞も以前はしょう太はんが書いていたそうじゃが、しょう太はんがいなくなって書く者がおらんようになったんでわしが代わりに屈斜路原野の馬鹿どもの様子をポツポツ話していくこととしよう。ン、わしが誰だって?わしは原野の森に棲むフクロウの長じゃ、物事は素直に受け止めた方が面白いこともあるんで、そういう手でくるかなどとツッコミは入れずに、わしの話を聞いていただこう。ホーホー 野田知佑にコケにされる 昨年の秋の話じゃ、カヌーエッセイストの野田知佑と言う方に、屈斜路原野が月刊誌「ビーパル十一月号」誌上でコケにされたそうじゃ。 事の発端は昨年九月中旬にさかのぼる。九月中旬のある日、川の上で野田知佑氏に会ったと言ってカヌーツアーからちんぺいさんと大山君が帰ってきた。和さんが何か話したのかと聞くと、ミーハーと思われるのがいやだったのでちんぺいは何も話さず、野田知佑氏とは気づかなかった大山君が二言三言会話を交わしたと言うことだった。日本の川はもうだめだと批判しながらも下りにきているんだねと、スタッフ同士で話をしてその一件は終わったかのようにみえたのじゃが、ビーパル十一月号の発売と共にその話はいっきにぶり返した。ビーパルに連載している野田知佑氏のエッセイ「のんびり行こうぜ」にこの一件が紹介されていたんじゃ。内容を読み進めていくと、仕事などの関係で近年単独で川を下る機会がなくなってしまった野田氏は、久しぶりに単独で川を下ろうと思いたち選んだ川が釧路川だったのだ。大自然の中でたったひとりになることを楽しみに川を下り始めたのじゃがなかなか思うようにはいかなかったらしい。本文から抜粋して紹介してみよう。 (前略) 人間の見えない風景というのはいいものだ、と勇んでカーブを曲がると、前方を行く二隻のカナディアンカヌーが目に入った。前部座席に二人ずつ人を乗せ、青年が後部で漕いでいる。川下りというのは、自分の前に見知らぬ舟がいるととても邪魔に感じられるものだ。だからぼくは彼らを追い抜いた後、気を使って彼らから見えないように力を込めて漕ぎ、ずっと先に行った。しかし、釧路川は今ぼくが漕いでいる部分が一番面白い所なのである。ここで早く終わってしまってはつまらない。今の僕の目の前にある風景は日本ではもう他所では見られない自然なのだ。 マガモが一羽飛び立った。続いてカルガモが数羽、川から飛び立つ。オジロワシがゆっくりとぼくの頭上を舞い、ぼくは漕ぐ手を休めて鳥に見入った。すると、後続のカナディアンが追いついてきた。仕方がない、挨拶を交わして話をした。カナディアンによる川下り遊船で、どこかのホテルの泊まり客を乗せて下っているとのこと、お客はみんなつまらなそうな顔をしていた。それはそうだろう。カヌーの初心者がよくやる間違いは、人を乗せる時、日本の川下り遊船のようにただ座らせるだけでなにもさせないことだ。カヌーは自分で漕ぐから面白いのであって、ただ乗っているだけならこんな退屈な代物はない。どうせお客を乗せるのなら、お客にシャモジのようなものでもいいからパドルか何かを握らせ、漕がせるといいのだ。急ぎたくはなかったが、単独行の邪魔をされそうなのでグイグイと漕いだ。 (後略) とまあこんな具合に書かれたわけじゃが。ちんぺいさんは反論もせず「野田知佑に青年と書いてもらえた」と喜んでおり、まったく馬鹿なのか心が広いのかよくわからん男じゃ。 帰ってきたマメ台風 出産の為昨年十月に札幌の実家に帰っていた裕美子さんは、十一月五日に元気な男の子をお産みなされた、和さんが、竹のように風が吹いても決して折れず、大地にしっかりと根を張り、真っ直ぐに育って欲しいと言う想いから「竹人(たけと)」と名前を付けた。始めての男児誕生と言うこともあり、原野のじいさん、ばあさんも大喜びしていたようじゃ。この間、ひよりちゃんも一緒に札幌に行っていたのじゃが、弟が出来て喜んだと言うよりも、お母さんが取られてしまったのでやきもちばかりやく毎日を過ごしていたようじゃ。 そして、一月二十一日、しょう太はんがいなくなって意気消沈していた屈斜路原野YGHがいっきににぎやかになった。裕美子さんと二人の子供達が原野に帰ってきたのじゃ。四ヶ月ぶりに家族が勢揃いして喜んだのもつかの間、ひよりちゃんのいたずらが前にもまして激しくなっており、油断をしていると何かが破壊されているというありさまじゃ。目の開いてる間はじっとしていることが全くなく常に館内を走り回っておる。早く寝てくれという願いをよそに、昼寝もろくにせずいたずらにはげみ、夜もティータイムの邪魔をしながらおそくまで走り回る。周りの大人達が彼女のペースについてゆけず「ひより様もう勘弁して下さいよーーーー」と言うような有様じゃ。しかし、この四月から彼女も保育園に入園する事が決まっており、春からは日中館内から姿を消すので少しは静かになるだろうと関係者一同保育園入園を心待ちにしている次第じゃ。 レッドウオリアーズがやって来た 昔、レベッカというバンドが全盛を極めていた頃、時を同じくしてレッドウォリアーズという硬派で渋いバンドが人気を集めていた。もう解散して十年ほどになるがこの名前を知っている人も少なくないことじゃろう。二月上旬、このバンドでベースを弾いていた通称「きよし」という男がなんと屈斜路原野YGHにやってきたのじゃ。バンドの中でもあまり目立つ存在ではなかったので、気がつく者はおらんかったのじゃがその風貌からただ者ではないという雰囲気は充分に感じ取ることが出来た。初日に和さんと話し込んでその素性が判明したのじゃが、なかなか楽しい男で原野の雰囲気にもなじみ人気者になりよった。滞在中ギターをかかえて歌を歌っていることもしばしばあった。レッドウォリアーズではバリバリのロックンロールをやっているにもかかわらず、原野の連中にあわせていたのかもしれんが彼は懐かしいフォークソングばかりを好んで歌い、ある夜はスタッフ、ホステラーを巻き込んで大いに盛り上がり和さんはペアレントという立場を忘れて大はしゃぎしてしまい深夜まで収集のつかないようなこともあったようじゃ。後日、彼の幻のソロアルバムが本人から送られてきた。ロックンロールかと思いきや、なかなかアコースティックな感じの作品で、レッドウォリアーズで表現し切れなかった彼独自の世界が充分に感じられる作品であった。うわさでは、四月二十五日に渋谷のエッグマンというライブハウスでソロライヴを行うらしい、結構フォークソングとユースホステルが好きなロッカーなので興味のある方は足を運んでみては如何だろうか。もし行くという方がおったら、ぜひ原野までライヴのもようをレポートしていただきたい次第である。 またまたTV出演 去る、三月一日北海道地方のみで放映されている「北再発見」と言う番組に屈斜路原野YHG、摩周湖YH、清里イーハトーヴYHが紹介された。一昨年のNHK出演いらい一年半ぶりのTV出演であった。ロケは二月十八日十九日の二日間行われた。今回はレポーターもやってきて結構詳しく紹介してもらえたのじゃが、このレポーターがくせ者じゃった。五十代位の男性なのじゃが、業界の人間らしく、普段は普通のおじさんなのであるがカメラが回るやいなや急に態度が豹変し、なにかにつけちょっとオーバーじゃないの、と言いたくなるような大きな声とリアクションで収録を進めていくのである。和さんも前回のNHKのロケを教訓に今回はにやけず締まりのある顔つきでTVに映ろうと努力していたのであるが、大げさな演出のおかげでその努力もつかの間、笑いたくなるのを必死でこらえるというしまつであった。また、この日に宿泊されたホステラーさんもカメラが回り続ける中での食事、露天風呂、ティータイムとなにやら落ち着かない一日を過ごしたようじゃ。おかげで放映の時には、三十分番組の中で七分間も紹介してもらうことができ、スタッフ一同嬉しそうにしておった。 え!雪がない この年末年始は例年では考えられないほど雪が少なかった。少ないと言うよりもないと言った方が正しいくらいじゃ。わしも長い間この地で暮らしておるがこんな事は生まれてはじめてじゃった。原野の馬鹿どももこれには頭を抱え、クロスカントリースキーを楽しみにして遊びに来た人たちには大変申し訳ないと思いながら、こればっかりはどうすることもできなかった。しかし、おかげで冬には行けない幻の滝へ行くことが出来たり、コタン草原で過激なそり滑りが出来たりと、ない知恵をしぼって毎日にぎやかに遊んでいたようじゃ。 アタックツアー達成者 昨夏からスタートしたアタックツアー。お父さんは「年内に達成する奴なんておらへんわ」とたかをくくっていましたが、昨年9月に第1号が出現、第2号は来年かと思いきや、原野新聞第9号が発刊した直後に、2人目の達成者が出ました。それでは発表です。 アタックNO1 第2号 佐藤 紀久江殿 本当にお疲れさまでした。 この冬のヘルパー紹介 くにちゃん・・・夏もおるんで又遊んでやってくれ ともちゃんA・・・朝日新聞でナイスバディを見せてくれよった。 ゆきちゃん・・・弾丸ソリ滑りの傷は癒えたじゃろうか。 ともちゃんB・・・いつまでも天然ボケでいて欲しいもんじゃ。 るみこさん・・・今年の夏もがんばってくれるそうじゃ。 おだちゃん・・・ひょんなことからヘルパーになり、夏もがんばるそうだ。 てっちゃん・・・がんばっていい宿をつくって欲しいものじゃ。 みんな、ほんとにご苦労さん! おっともう一人忘れておった ちんぺい・・・バーカ >>ちょっと小耳にはさんだコーナー<< *12月に東京で屈斜路原野YHGの忘年会が行われたらしい。集まっていただいた方お疲れさまでした。 *忘年会の数日後、和さんはミニスカートのお姉ちゃんのキャッチセールスにあい、渋谷道玄坂の画廊で100万 円の絵を買わされそうになったらしい。 *ヘルパーの小田ちゃんは、ホステラーとして2月に泊まりに来たのだが、初日にソリでけがを してしまい、屈斜路原野YHGで1ヶ月間療養生活し、完治したものの普通のホステラーに戻れ なくなりヘルパーになったらしい。 *和さんは、ホステラーさんをビール1本でそそのかして、中島みゆきのコンサートの電話予約 を手伝わせたらしい。 *原野のパソコンの印刷機能向上化に伴い、美しい絵葉書などが自主制作できるようになったの であるが、これを利用してちんぺいさんが魔除けと称した5枚組のいかがわしい絵葉書を一部 のホステラーに売りつけ私腹を肥やしているらしい。 *てっちゃんが年内中にコタンでお洒落な?民宿を始めるらしい。 *今年の氷上散歩ツアーで、氷が割れて湖に落ちた人が3人もいたらしい。 *今春、るるぶ北海道、Saita6月号で屈斜路原野YGHが紹介されるらしい。 *今年の冬も和さんは毎晩弾き語りをしていたのであるが、連泊者ばかりだったある夜、今日は ビデオも歌もなしと言ったところ、クニちゃんになぜ歌わないんですか?と言われ、そんなに 歌った方がいいと聞き返してみると、その間に風呂に入ろうと思って、と言われ、俺の歌はそ の程度なのかとショックを受けたらしい。 *昨年ヘルパーをしていた大山君がホステラーの上田夏子さんと、4月に屈斜路原野YGHで結婚 式をするらしい。 実施されたイベント 春の札幌ボーリングパーティー 札幌のみなさんお元気ですかーー。今度札幌でボーリング大会をすることにしました。ボーリングはへたくそだからなんて言わないで、屈斜路原野YGHの仲間とわきあいあいと楽しく遊びましょう!気が向いた方是非ご参加下さい。ボーリングの後は美味しい物でも食べに行きましょう。 実施日:5月16日土曜日 集合時間:PM6:30 集合場所:すすきのアオキボウル 予算:5000円ぐらい 参加申し込み方法 お電話、葉書、電子メールなどで5月9日までにお申し込み下さい。後日参加者に詳細をお知らせします みなさんのご参加お待ちしておりまーーす。 編集後記 ホーホー、屈斜路原野にこのYGHが出来てもう5年にもなる、早いもんじゃ。出来た頃にはこんな所でいったい何をしよるんじゃと思ったが、どうにかこうにかYGHの馬鹿どももがんばっておるようじゃ。この新聞も数えて10号目になるのじゃが、読み返してみるといろんな事があったようじゃ。中でも山田さんがなくなられたことと、しょう太がいなくなったことは非常に寂しい話じゃが、その代わりにひよりちゃん竹人君の誕生というめでたい話もあった。去る者あらば、訪れる者もあると言ったところじゃろうか。いろんなことがあるようじゃがこれからもがんばると言っておるので、みなさんも応援してやってくれ。写真やお手紙などあったら送ってやってくれ。それでは又会おうホーホー |